PraatでVOTを観察しよう

日本語の「ペン」と英語の “pen” は同じ音でしょうか、それとも違う音でしょうか。
発音記号で書くと、どちらも /pen/ です。撥音「ん」は子音のみの特殊モーラですので、語末が母音にならないため、日本語の「ペン」と英語の “pen” は同じ発音記号になります。
実は、日本語と英語は同じ音ではありません。無声閉鎖子音 /p/ の破裂の強さが違います。Praatで録音し、比較すると、違いが明らかになります(図1)。

(図1)

よく似ていますが、赤四角で囲った範囲の広さが異なります(図2)。

(図2)

英語の方が、/e/ の音が開始されるまでの時間が長いことが分かります。
波形(wave form)に表示されている青縦線をパルスといいますが、これは声帯振動を表しています。また、声帯振動が起きている証拠として、スペクトログラムの低い周波数帯にエネルギーが確認されます(川原, 2018)。この、口の閉じた状態を解放してから声帯振動が始まるまでの時間をVOT (Voice Onset Time) といいます(Lisker & Abramson, 1964)。/p/ は、無声閉鎖子音で、母音 /e/ が開始されるまでの時間が、英語の方が長いことが分かります。
/p/ の開始地点のスペクトログラムを観察すると、日本語より英語の方が幅広い周波数に渡って強く出現しているので、定規で引いたようにまっすぐな線で始まっていますね。じっくり観察すると、英語の方が母音 /e/ の持続時間が長いことも分かります。
語頭の破裂音でVOTが観察されます。有声閉鎖子音の方がVOTが短く、無声閉鎖子音の方が長くなります。
破裂音のVOTは、様々な単語で観察されます。

図3は、「タイム」と “time” です。やはり、赤線で囲ったVOTの長さが異なります。
日本語は /a/ と /i/ の2つの母音ですが、英語は /aɪ/ の二重母音になっているため、スペクトログラムに母音の特徴が現れています。

(図3)

図4は、「ポスト」と “post” です。VOT が異なるほか、日本語は一文字ずつに母音が挿入されいることがスペクトログラムから読み取れます。また「ポスト」は語末の母音 /o/ が現れていますが、英語には語末母音がないこともスペクトログラムから読み取れます。

(図4)

図5は、「ブック」と “book” です。日本語と英語では VOT が異なります。また、「ブック」には促音「っ」が入っており、「ク」の前に空白が観察されます。日本語の促音は、直後の子音前に発音を止めることであることがよく分かります。

(図5)

このように、Praatを用いると日本語と英語の破裂音の違いが観察できます。
英語の語頭閉鎖音を練習するには、ティッシュの端をつまみ、口の前に持ってくることで破裂の強さを体感する方法があります。日本語で「ペン」と言っても、ティッシュペーパーはあまり揺れません。しかし、英語は破裂が強いので、ティッシュペーパーが勢いよく動きます。あまりティッシュペーパーが揺れなかった方は、揺れるように意識すると、強く破裂できるようになります。

川原繁人(2018). 『ビジュアル音声学』三省堂.
Lisker, L., & Abramson, A. S. (1964). A Cross-Language Study of Voicing in Initial Stops: Acoustical Measurements. WORD, 20(3), 384–422.